なんがでっきょんな?

雑記以外のなにものでもない



大学生がブログを運営することの意義とその考察

 

僕自身、あまり好きじゃないすごく論文チックなお題目。それはさておき、はてな界隈においてブログ論について書かれた記事は多いと思うが、大学生という特定の層に絞ったブログ論は少ない。それこそ、はてなブログで人気のあるブログやそのライターは社会人の方が多いから、必然的にブログ論も一般大衆向けになる。しかし、となると大学生というある意味での特殊な人種に対するブログの意義やらが抜け落ちてしまう。そのこぼれた部分を僕は掬い上げて扱ってみよう。

 

大学生のブログ事情

最近、大学生ブロガーブームが起こっていると言ってもいい。ところで、大学生ブロガーと聞くとまず思いつくのが「ヤギ」の人。次に「人生のレール」の人。まあ後者は大学生を捨てたわけだけど・・・。とにかく、過去形にはなるが、この二人がはてなブログにおいては(ヤギの人は追い出されたが)代表的な大学生ブロガーと言えただろう。じゃあこの二人だけかよ大学生!となるかもしれないが、目立たないだけで結構いる。僕のまわりの大学生でも「はてなブログやってまーす」って人が何人かいる。むろん、はてなブログだけじゃなくてライブドアとかラインブログもいるが。

 

自分を知ってもらい、有名になり、お金をいただく

彼らはヤギの人の影響を強く受けていること多い。彼が有名になって、ブログサロンして・・・の辺りで急激にブログを始めた学生が増えたように思う。(その前の「消耗の人」の影響でもポツポツ現れたが、あくまで反応したのは一部の情報感度の高い学生だけだった)僕の周辺でも「ブログを最近初めてー、ヤギの人に会ってー」って子がいた。実際に会っていなくてもブログをやっている大学生の彼らは、ヤギの人の名を何度も口にしている。大学生のブログブームにおいて「ヤギの人」そして「消耗の人」の存在はかなり重要であると言える。そして重要たり得たポイントとしては「お金儲け」「自己」を二者は押し出している点にある。

 

前出の二者の特徴は収益を公開しており、その額は大きいことだ。ヤギの人はもう少し現実的な金額だが。そこが学生の心を擽ったのだろう。最近始めた学生たちの中で純粋に文章を書くことが好きで始めた人はほぼいないだろう(大義名分的に言っている人はいるかもしれないが)そして得てして彼らのブログの大半がアドセンスペタペタだ。もちろん僕もそうだけどね。ブログを書いてお金が貰えるというのは、お金が必要な学生にとっては衝撃的だったのだ。

 

もう一点が二者は自己を出しまくっていること。自己の発信の手段としては何年か前からブームが始まったツイッターが挙げられる。ツイッターはその匿名性が受けて大学生間でも流行になった。リアルの世界では言えない愚痴やら悪口をツイッター上でつぶやく学生は星の数ほどいる。その後、匿名性のかなり低いFacebookが流行り始めた。主に「飲み会にしたー!」とか「イベント開催します!」といったリア充てきな投稿(ほぼ日記のようなもの)が多いだろう。Facebookは匿名性は低いものの、公開範囲を制限したり、自分がアップロードした写真を特定の人にだけ見れるようにできる、などプライバシー上の制限はかけられる。しかしこの二者のブログは、情報発信の手段という点は共通しているが「不特定多数の人間が見ることができるのに、自分の経歴を公開し、顔もガンガン出している」という点でツイッターやFacebookとは大きく異なる。ある意味で自己顕示欲を際限なく満たすことができるだろう。そして、ここ最近でブログを書くことによって有名人になろうとする学生は間違いなく増えた。その証拠に顔出し・経歴・おまけに炎上材料を携えてブログ界に彗星のように現れる学生が見られるようになった(まさに彗星のごとく消えるが・・・)

 

まとめると

最近の大学生はただの「狭い範囲の自己表現」や「文章を書くため」だけでブログを始めない。有名になって、お金を稼ぐための手段としてブログを始める人が多くなったということだ。もちろん、この有名になる・お金を稼ぐに対して個々の基準はあるようだが。

 

 

大学生ブログによく見られる言い回し

前述の通り、僕を含めた大学生ブロガーは特定の人物に影響を受けてブログを始めた人が多い。それゆえにその「特定の人の言い回し」を多分に使ってしまう傾向がある。例えばこんな感じに。

 

「僕が地方の大学に行って感じたたった一つのこと」

「大学生がブログを書くことはメリットしかない」

「僕がサークルに入らない3つの理由」

 

よく見るよこの言い回し。具体的な数字とか、〜しかないとか、たった〜のこと。ありがちという言葉も最早足りない。しかし決して批判されることではない。実際にこの表現は興味を引きつける効果はあるし、成功しているブロガーの表現を模倣することは良いことだ。しかし、皆が真似しすぎ&その表現に溢れすぎ感は否めない。他の特徴的なテーマのつけ方やオリジナルの表現を作り出すことこそが文章を書くことの醍醐味であり、尽力するべきだと僕は確信している。ただすごい人の模倣をするだけじゃつまらないし、楽しみが半減するからもったいない。

 

 

 

大学生がブログを書くことの意義

 さあ、お題目にも掲げていたことだけど、僕ら大学生がブログを書くことの意義についてだ。結局のところ「文章を書く力が身につく」「アウトプットを意識するようになる」に尽きる。なーんだ、たいしたことないじゃんと思われるかもしれないが「読み・書き・そろばん」の書きの部分を鍛えられるのは非常に意義があるのだ。

 

まず「文章を書く力」についてなんだけど。質の良い文章を書く力はブログでは直ぐにはつきにくい。ではどういう力が主につくのかというと、簡単に一定量を書く力だ。ひとまず毎日1記事は更新していると仮定することになるが、毎日1記事1000文字の記事を更新すると月に30000文字は書くことになる(参考までに:文系大学生の卒業論文が20000文字程度)2記事だと60000文字。これだけ文章を書くと明らかに周りの同じ大学生とは差がつく。僕個人の経験ベースにはなるが、3ヶ月続けると1000文字程度の文章なら息をするように書けるようになるだろう。この力は例えば就職活動にも役立つ。エントリーシートやエピソードを書かされるときに、1000文字程度なら簡単に構成し書ける力がついているとかなり楽になる。これは大学生にとって実用的な力と言えるだろう。アルバイトの日報やら報告書も1000文字書いたら上出来だろう。

 

そして次に「アウトプットを意識するようになる」だけど、普段の生活の中だと、これって結構できてないんだ。僕ら大学生は能動的に学ぶことが少なかったはずだ。中学・高校なんかはインップトできる量がモノをいう世界だ。詰め込める奴が勝つってやつ。でも文章を生産するなばそれだけじゃダメだ。得た知識や情報を咀嚼して、再構成しなければならない。と、なると普段のニュースを見ても、2chでもいい、情報や何かの出来事に触れたときに「ブログのネタになるだろうか?」「この記事を書くとして。どう書こうか?」と考えなければならない。つねに他者へ伝播させることを意識するようになるだろう。アウトプットありきのインプットになるわけだ。その思考法が習慣になると、他者とは一味違った考え方や捉え方ができるようになる。それを大学生のときから身につけられると考えると、ブログを書く意義は非常に大きい。

 

 まとめると

大学生のブログを運営する・書く意義は非常に大きい。しかし、毎日ある程度の分量以上の記事を更新するという条件は必要ではあるが。その条件をクリアすると「1000文字程度の文章を簡単に生産する能力」「他者に伝えることを前提とし物事のを捉える力」を身につけることができる。その際に習慣や一定量の文量がキーとなるのでやはり、毎日更新は必須だ。

 

ヤギの人や消耗の人のお陰でブログを始める学生が増えた。しかし、どうもオリジナリティが欠けたり、模倣になりがちである。模倣も初期の段階では有効かもしれないが、自分の表現や文体を作り出すことが文章を書く上で楽しいことであるという事を意識して欲しい。また、「自己表現」や「お金を稼ぐ」のもいいけど上記の能力を身につける事を頭の真ん中に入れておいて欲しい。

 

 

最後に考察というより感想

僕はブログを書いている人が好きだ。大学生という同じ立場で書いていると、なお好きになる。けど折角同じように大学生でブログを書いている人を見つけても、更新は週一だったり、どっかで見た事ある内容が多いと感じてしまう。ゆえに勢いでこのような記事を書いた。ブログを立ち上げた当初はこのようなテイストの記事は書くまいと決めていたのだが、一度書きたい欲がムクムクと湧くとどうしても止められなくなる。その辺他者の記事への僕の理解力や読み込みが足らない点も多分にあるのだが・・・こんな上から目線のオピニオン系のブログ論を展開してしまった。まあ、たまにはそんなこともあるか。